

2026.7.11 | 14:00-17:00
SATURDAY'S SALON
日本構想学会 土曜サロン
vol.10
「象徴国家論を読む-1」
◾️告知
-
本年度の土曜サロンは、参加費を無料に致します。昨年度に皆様からいただいた参加費を今年度の運営費用として使わせていただきます。
◾️次回開催日時
2026/7/11 SAT. 14:00 - 17:00
◾️参加費
無料
◾️開催場所
■ 土曜サロン vol.10
「象徴国家論を読む −1」
7月の土曜サロンは、N'da Ha Satomohi(ンダ・ハ・サトモヒ)a.k.a 半田智久先生が昨年まで執筆されていた「象徴国家論」を読む会を開催します。象徴国家論は、土曜サロンメンバーの佐伯が運営するWEBマガジン「Dugup?」に寄稿・公開されていたものです。現在も以下のリンクから読むことができます。(全5回に分かれています)
象徴国家論への旅 - 1
象徴国家論への旅 - 2
象徴国家論への旅 - 3
象徴国家論への旅 - 4
象徴国家論への旅 - 5
また、今回の土曜サロンの開催にあたり、読みやすいように目次付きのPDFも準備いたしました。縦書きの方が読みやすいという方はPDFを以下よりダウンロードしてお目通しいただければと思います。
本作は対話形式で現代の世相を構造化、抽象化する試みがなされています。
読書会とはいっても通読は必須ではありません。是非お気軽にご参加いただければと思います。
事前に通読された方は、ご感想などご共有いただければ幸いです。
皆様のご参加をお待ちしております。

2026 Schedule
6.13 SAT 14:00- 「2026 茶話会」
佐伯真一さん
7.11 SAT 14:00- 「象徴国家論を読む - 1」
佐伯真一さん
9.19 SAT 14:00- 「象徴国家論を読む - 2」
佐伯真一さん
10.10 SAT 14:00- 「象徴国家論を読む - 3」
佐伯真一さん
11.14 SAT 14:00- 「未定」
未定
12.12 SAT 14:00- 「土曜サロン忘年会」
未定
2026 Archives
各回のテーマ・紹介文を以下にアーカイブします

26.6.13 土曜サロン「茶話会」
佐伯真一
本年最初の土曜サロンは、最近の関心事をカジュアルに話し合う「茶話会」を開催します。最近気になった本、ニュース、哲学、アート、ゲーム、漫画、音楽など、どんなことでもお話しください。この茶話会で話題にのぼったことから、次回以降の土曜サロンのテーマを探っていければと考えております。皆様とご一緒できることを心より楽しみにしております。是非ご参加いただければと思います。
2025 Archives
各回のテーマ・紹介文を以下にアーカイブします

25.1.11 土曜サロン「日本構想 学会・再起動」
西 京一(NISHI Kyoichi)
今世紀の始まりの年、日本構想学会というあたらしい学会が生まれた。新世紀を迎えるにあたりさまざまに描かれ、かたちになされていく構想という営み自体を対象にし、それを学び、研究、論究しあうことで構想そのものに磨きをかけ、そこにいわゆる構想力といわれる力があるのだとすれば、その性質にも迫ることによってその力の涵養に資する機会形成もしていこう。そうした欲ばりな企図のもと、主として若い力と情熱を支えに成立した場であり、その活動は十年つづいた。
およそなんであれ十年という期間は再考をうながす節目であろう。構想学会でもそのとき、さてこれをつづけていくか否かという問いが生じた。そしてその問いがあらわれた以上、一旦、立ち止まる必要があると判断できた。背景には立ち上げにかかわった若い力が社会の各方面にそれぞれの構想課題を携えて巣立っていったこともあった。2010年という年は日米ともに民主党政権下でオバマ、鳩山-管と移行した年、大震災にみまわれる前年で、世の中には緩い空気が漂っていた。ときの首相が普天間基地を本土にもっていくと語り得たくらいに。
それから早15年が過ぎた。新世紀ということばはすでに古語となり、昭和世代にとって未来の標語でもあった21世紀が四半世紀を経過した。つまりは日本構想学会の設立から25年が過ぎたことになる。そのときの若い力はそれぞれになお若い子どもを育てる世代となり、わが子をつうじてこの世のゆく方を案じる段となった。そしてもう一度、あの頃のこころを思い起こすときとなった。咢堂翁の「昨日までは人生の序幕、本舞台は常に将来」という喝声も聞こえる。そうか、あの十年は序幕だったのだ。これからが本舞台。確かに今はかつて以上に社会の諸相において構想の名にふさわしい力とそれに依拠した構想が要請されているように思われる。2025年、どうやら日本構想学会を再起動するときが来たようだ。
ただしこれがかつての単なる再起動ではなく新生の意を宿すことを強調したい。その焦点はつぎのとおりである。かつて日本構想学会は構想を対象にしたわが国の学会というスタンスをとっていた。だが、今般は時代の要請といえようこの日本を構想する学会というポジションにみずからを置き、この名、日本構想学会を駆動させていきたいと思っている。いかがですか、みなさん。

25.2.15 土曜サロン「白和 inspiration 白刃会」
白和次郎
このたび土曜会、およびわたしが別に参加しております湯島サロン、教学比較IRコモンズ・白和梵店とのコラボレーション企画として、土曜会ではお馴染みの白和抄という一見、書物に見えるスーパークールメディアを素材に用いたインスピレーション喚起のための談話会(とわたしは思っているのですが)を開催することになりました。
今回取り上げるのは『老子』です。かつて水曜会で、webのアーカイブをみると2021年の7月14日に「白和の夏、2021」という題で制作中の白和抄からこれをとりあげたことがありました。今回は実際に参加者にそれぞれの読みからのインスピレーションを期待して、それらを交叉させることでさらなる気づきが得られることを期待する時空をもちたいと思っています。
場所はいつもの場所よりずっと駅近くに会場をとり、日時は2月15日土曜14時からになります。参加費はテキスト代込みで¥2000(当日会場払い)、事前申し込み必須で事前郵送されるテキストに目をとおされ、メモなどとられたうえでのご参加というかたちになります。『老子』はどこから読んでも老子として読めるので接近しやすいはずです。
詳細および参加申し込み方法はつぎをアクセスしてください。
それではこの少しばかりのはみ出し企画、早春の夢幻のごとき試みですが、よろしかったらどうぞ。

25.3.8 土曜サロン「日本構想学会・再起動 準備会」
佐伯真一
年始の土曜会で再起動が宣言された日本構想学会。その準備に向けて、できること、やりたいこと、今後の展望などについて議論します。今回の土曜会は、いつもと場所を変え、お茶やお菓子を楽しみながら、リラックスした雰囲気の中で皆様とお話しできればと考えております。ぜひお気軽にご参加ください。

25.4.12 & 5/10 土曜会「近視眼的状態から抜け出すには?」
佐伯真一
年次、月次、週次、さらには日割りで区切られる予定…。ビジネスマンは売り上げ目標の達成に追われ、学生は受験勉強に追われる日々を送っています。東大受験のためには、塾で高校までの学習範囲を3周くらいするという話を聞いたことがあります。組織が設定する短期目標をクリアするために必要なことは多く、空き時間には新しい情報を得るためにSNS、新聞、雑誌、ラジオ、TV、本を見続け、頭が休まるのは入浴、睡眠、ゲーム中くらい…。これが現代人の姿ではないでしょうか?
そのような生活の中で、「10年、20年先を見据えた社会のあり方」や「売り上げ目標を追い続けることの意味を問い直すこと」、「受験勉強以外に大切な学び」といった根本的な問いを考えること、広くすこし遠くにまで構想することは難しいのではないでしょうか?
私たちはなぜ、こんなにも従順で近視眼的な状況に陥っているのでしょうか?社会がそうさせているのでしょうか?でも、思想や信条の自由は憲法で保障されており、誰も強制されているわけではないはず…。では、なぜなのでしょうか?現状が「ベスト!最高!幸せ!」だと思える人は多くないはずです。
このような状況を抜け出すためには、何が必要なのでしょうか。皆様と一緒にディスカッションできればと思います。

25.6.14 土曜サロン「ふるさと薬膳と初夏の食養生」
新倉久美子さん(日本構想学会会員 / 東方健美研究所代表・農都共生総合研究所取締役)
本学会会員の新倉久美子さんが長く携わっていらっしゃる「ふるさと薬膳」という考え方、また初夏の食養生に関する話題についてお話しをいただき、そこに込められた構想や食育まわりのことがらについて、みなさんで緩やかにディスカッションしたいと思います。

25.7.19 土曜サロン「ふるさと薬膳と夏の食養生」
植原さん(ウィメンズウイルぐんま会員)
新倉久美子さん(日本構想学会会員 / 東方健美研究所代表・農都共生総合研究所取締役)
本会は群馬県前橋市での開催のWILL様のプログラムへの参加というかたちで実施しました。WILL様の快く迎えていただきとても勉強になる会となりました

25.9.13 土曜サロン「平常心を構想するの会 ― 例外状態と日常のあいだ」第1回勉強会
猪岡武蔵さん(日本構想学会会員)
第二次世界大戦を引き起こした原因の一つとして、当時のナチス政権は合法的な選挙によって選ばれた政権であったことは広く知られています。しかし、その合法的な政権掌握の過程について、私たちはどの程度理解しているでしょうか。振り返れば、民主国家として主権者たる国民の意思を憲法に掲げる現代の日本においても、全体主義的な判断が主権者である国民の意志を無視してなされる危険性は払拭されたのでしょうか。
ドイツの政治哲学者カール・シュミットは、第二次大戦前後のドイツにおいて、「例外状態」における政治判断が主権者を超えて行われる状況について論じました。民主国家において、主権者の判断が通常の手続きに従えない緊急時において、一部の権力者による拙速な判断が続く可能性は、現代日本においても十分に起こり得る危険性を孕んでいます。
今回の土曜会は、12月の日本構想学会大会「平常心を構想するの会 ― 例外状態と日常のあいだ」で取り上げるアイデアについて、事前に参加者と共有し、ご意見をいただくことを目的としています。当日はレジュメを配布し、ディスカッションを通じてより深く考察していきたいと考えています。事前読書などの準備は不要です。お気軽にご参加ください。

25.10.18 土曜サロン「教育格差」
阿部悠平さん(日本構想学会会員)
2006年、著作「ウェブ進化論」の中で、ベンチャーキャピタリストの梅田望夫はこう述べた。
「ITとインターネットの進化により【知の高速道路】が敷設されることで今後の社会に大きな転換が訪れる」
当時、宮城県で生まれ育ち大学生だった私はその可能性に胸を躍らせ、未来に大きな希望を感じていた。
「ITとインターネットの進化により、学びや教育の可能性は広がるはずだ」・・・漠然とそう感じていた。
時は経ち2025年、当時大学生だった私は家庭を持ち、息子が都内で私立中学の受験を終えた。
息子の知の入口とも言える受験勉強を終え、私に去来した思いは「日本の教育格差は加速しているのでは無いか」「また今後、教育格差はより拡大するのではないか」という複雑な思いであった・・・。

25.11.8 土曜サロン「コミュニティ↔︎排外主義」
小島正裕さん
昨年、世田谷の自宅でおこなった発表に続き、今年は実家のある川崎市の商店街の改装した店舗で発表します。自宅を家族が住む場所としてだけでなく、人が集まって会合やイベントができるようにしたことの次の展開として、今年は実際の街なかの店舗をいかにアップデートし活用できるか模索をはじめました。
商店街にかつての賑わいは失われかけていますが、地域活性をテーマにした大学生による一般社団法人「駄菓笑屋敷(ダガシヤシキ)」による駄菓子屋店舗開店をきっかけにして、僕自身と商店街、地域や学校との接点を再構築できないかトライしてみようと考えています。
いわゆる「コミュニティづくり」「まちづくり」といわれる活動は、今あちこちで聞かれる言葉であり自分もふくめ何かしらの実践も多く見られています。昨今、とかく「行動」が重んじられる…色々考える前に、まず行動することで何かが生まれる…ことは確かに大切だと思いつつ、コミュニティじたいが結局均質化を加速していたり、同じ考えを持つ人だけのものになっていたりしないか、という疑問もあります。いまの政治や社会の状況をふまえると、一歩間違えると簡単に逆のベクトルに進む可能性も否定できない気がしています。
親しみのある、地域や趣味の似た人たちとの一体感を持ちながら、それに賛同しない他者に対しても排他的にならず、違いをそのまま受け止めてその隣に座ることはできるのか。「格差」「差」を「違い」のままとどめられるのか。前回の「格差」の話題や半田先生の言葉もふまえて検討できればと思います。
駄菓子と小学生のなかで、ノイズのような問題提起・意見交換ができればと思います。
2024 Archives
各回のテーマ・紹介文を以下にアーカイブします

24.3.9 土曜会「所信表明」
佐伯真一
土曜会のスタートとなる本会では、主催の自分から所信表明をさせていただき、その後にご参加いただく皆様の最近の関心ごとをお聞きしつつ、4月以降の話題について相談させてもらえればと考えております。どうぞお気軽にご参加ください。

24.4.13 土曜会「厭わしき民と平等」
N'da Ha Satomohi(ん倶楽部)
今回は3月末にコンセプトワークショップの佐藤修さんのサロンで話題にしたことを再び、ここでも取り上げて、そこでの展開も紹介しつつディスカッションしたく思います。
あなたはどのようなときに国民としての自覚を得ますか?
市民意識ということがありますが、その意識のもとに行動するのはどのようなときですか?
日本人は多民族の集合体といわれますが、あなた自身の民族の由来をどう考えますか?
こうしたたぶん非日常的な異なる問いに通底している文字があります。
僕は長らくこの「民」ということばに感触の悪さを感じつづけてきました。厄介なことに、社会のなにがしかを語ろうとするとき、このことばをすり抜けて表現することは著しく困難な具合になっています。少なくとも英語であれば、nation、citizen、peopleのように個々に別の単語で表現できるので、このような不具合はそれほど感じなくて済むでしょうが、表意文字のわが言語を使うにあっては誰の仕業かわかりません(おおかた見当はついています)が、実に周到にあらゆる用語に「民」が組み込まれています。その徹底ぶりをみると、このことばは強く僕らのものの考え方を制約しているにちがいなく、そのことをひどく懸念しています。その気がかりがずっと僕にとっては錆び付いたネジを扱うような心地悪さを引き起こしてきました。だから、「民主主義なんて、まず語るそばから気持ち悪いよ」ともいいたくなります。そもそもなにが厭わしいの? では、どうしたらいい? 今回はそれを考えてみたく思います。ことのついでに当日は、もうひとつギイギイと錆び付いて不快な音を立てる「平等」ということばにも茶々をいれたく思います。

24.5.11 土曜会「群馬の政治に関わった2つの経験を経て」
後藤亜由水(ん倶楽部)
昨年10月と11月、私は母と参加している群馬県のNPO法人ウィメンズウイルぐんまが開催した2回のトークライブに企画兼ナビゲーターとして関わりました。若者の政治参加を促し市民主体の政治を目指すために何ができるのかについて、市議や県議をお呼びして私を含む2人の学生ナビゲーターと共にお話をするという内容でした。企画にあたってテーマの選定や意見交換の方法の検討から始まり、群馬県行政との共催やお呼びした政治家とのやりとり、そして参加した市民とのやりとりなど様々な貴重な経験ができました。今年1月には前橋市長選に向けた公開討論会で、コーディネーターをやってみないかという提案をいただき、市長候補者同士の討論での市民質問の選定や司会などを行いました。土曜会の場をお借りしてこの2つの経験を振り返るとともに皆様と共有し、今後の地方政治やそれにどう関わっていくかについて話し合いたく思います。

24.6.15 土曜会「あわれなる民からの真の独立への道」
北 京一 Kita Kyoichi(ん倶楽部社会構想研究室)
「あわれ」は日本人を自認する者にとって危ないことばだ。それが喚起する情念は端的には悲哀や憐憫といった悲しみや憂いだけでなく、たとえそれが前面に出ていようとその背後や底にしみじみとした美的心情を宿している。わたしたちこの文化のなかで暮らしてきた人はその情感に接することで民草としての精神浄化をなす術をそれと知らずに身につけている。そのいわば忍びの術はときにこれぞ「天晴れ」と転じてみせることもある。そうしてわれら天晴れな民として、してやったりの恨み返しをしたつもりになり、その隷従道徳下の狡智に自己満足してしまうこともある。そうした寒すぎる冷笑の典型をわたし北は素知らぬ顔した安保寄生=亜米公隷属の平和仮面をまとったわれらにみる。
惨めじゃないか。惨めすぎる。たとえわれらが人類史においてずっと体制支配から逃げつづけてきた虚弱なネアンデルタールたちの子孫であったとしても、われらはあの大きく眩しく輝くおてんとうさまに希望を託し、天道を追い歩んできた遺伝子を継いで来たのではなかったか。だからこの先はそんな卑屈な裏返しのあっぱれではなく、正面切っての天晴れを選びとらねばならないのではないか。
今回はこの土曜会の場で、改めてつぎのふたつのことを問いたい。
【1】戦争を知らない子どもたちは、かつての過ちたる戦争と、その結果に関して真っ当に反応できる(背負える、さらには引き受ける)何をもっているのだろうか?
【2】その裏返しの一面でもある。結果振り落ちてきた宝とするものを、その宝としての価値がもはや失われている現実に則し新宝をつくろうとする動きが生じたとき、いまだその宝のもとにあるわたしたちがとるべき選択のかたちになにを描くか?
タイトルからすると、この趣旨文はいささか遠回しの記述となりました。が、この2つの問いへの応答のさまざまなかたちを交わしながら、「あわれなる民からの真の独立への道」、そう、それは百年前のインド、あのガンジーのことを重ね描きさせつつ、いまのわたしたち自身が目前にみている岐路の一方を思い描く試みでもあり、そうした時間をもちたく思っています。

24.7.13「Bar 土曜会」
フリーセッション
千駄木に佇むBar Labにて「Bar 土曜会」を開催します。「Bar 土曜会」では、雑談(フリーセッション)を皆様と共に楽しめればと考えています。宮沢賢治の言葉に「永久の未完成これ完成である」という有名なものがあります。身の回りの環境も目まぐるしく変化する現在において、日々この言葉を実感しています。次々と現れては消えるデジタルサービスやコンテンツ、取り壊されては新しくなるビルや駅舎など…。風景と共に人々の心のありようも変わっているように感じます。そんな変化し続ける現代社会において、「これが正解」「これが特効薬」といったものを追い求めるのは難しいと感じざるを得ません。一例にすぎませんが、教育熱心な親御さんほど「子育ての正解がわからない」といった悩みを抱え、ハウツー本やYouTubeで正解を探す日々を送っているように見受けられます。もっと奔放に、もっと自由に自分のやり方を試してみることはできないでしょうか。そのための第一歩は、雑談(フリーセッション)であるように感じています。他人と話してお互いに発見があり、考えやスタンスに変化が起こる。バイアスのかからない場所で生まれる偶然性。そんな力を「Bar 土曜会」で発揮できないものか、というのが本会の狙いです。お酒の力も借りつつ(笑)、より自由な空間を期待しておりますので、ぜひ皆様ご参加いただければ幸いです。もちろん、お酒が飲めない方でも参加OKです。

24.9.14 土曜会「彼女が見た米国政治」 -アフリカ系アメリカ人と民主党政治-
猪岡武蔵
2024年7月13日、米国東部ペンシルベニア州バトラーで共和党のトランプ前大統領が演説中に狙撃され、銃弾が耳をかすめました。程なく民主党の現バイデン大統領が次期大統領選からの撤退を決定、続くカマラ・ハリス現副大統領の民主党代表候補擁立と2024年11月に控えた米国大統領選挙の様相が大きく変化しています。
それを眺める日本において、自国第一主義を掲げ、政治をディールとして憚らない共和党トランプ前大統領の政治姿勢には疑問を感じつつも、対する民主党については、「トランプ前大統領率いる共和党ではない」という曖昧なイメージが先行して喧伝されているように感じられます。
米国民主党の主な支持基盤のひとつであるアフリカ系アメリカ人である保守系の作家、政治活動家のキャンディス・オーウェンズ(Candace Amber Owens Farmer)は2022年に『BLACKOUT』- アメリカ黒人による、“民主党の新たな奴隷農場"からの独立宣言 - を著しました。その中で過去から現在に至るのマイノリティ、とりわけアフリカ系アメリカ人の視点から民主党の政策を鋭く批判しています。
彼女の指摘はまた「多様性」、「ポリティカル・コレクトネス」、「気候変動」など民主党が強くその価値を置く内容にも整然と疑問を提示しています。今ここで翻って、米国二大政党制について、その歴史を紐解きつつ、現状の米国政治について触れ、彼女の語る言葉に耳を傾けてみたいと思います。

24.10.12 土曜会 井筒俊彦『意識と本質―精神的東洋を索めて』(の読み解き)に挑み続けて
加藤誠也
大学生の頃に初めて出会った井筒俊彦の代表的著作である『意識と本質―精神的東洋を索めて』。以来何度も読み直すこと、気がつくと早40年。私の対話的自己にかかわる思索の過程に常に傍にあり続けています。とても難解ですが、読み直すたびに少しずつながら示唆を得られ、今もこれを読み解く挑戦は続いています。表題にある「意識」と「本質」、ならびに井筒が論及している「言葉とコトバ」、「共時性/共時論的構造」といったいくつかの鍵言語(キーターム)にかかわる井筒の論考を通じて、(それらが)私たち自身の思索の深化にどうつながるのか。また、私たちが自身の哲学的 主題とどのように向き合えるのか。そしてそれを通じて私たちは何を発見しうるのか、等々について意見を交換させていただければと思います。

24.11.9 土曜会「五十嵐敬喜『土地は誰のものか』〜土地の私有を超える」
小島正裕
昨年、私は大叔母から譲り受けた世田谷区の土地で家を建て替えました。その際、自分たち家族が住むだけでなく、家をつかって会合やイベントをできることを前提にして考えました。すこし大げさに言えば、「私設公民館」をつくるような試みです。以来1年半、模索するなかでたくさんの気づきをもらいました。
そんな折、偶然知ったのが「現代総有」という考えです。明治憲法以降、個人の絶対的な権利として保証されてきた土地の私有にたいして、それこそが社会の分断を生んでいると疑問を呈し、土地を、国家と個人の間で取引されるものだけでなく、近代以前にあった入会権をアップデートして公(小さい地域集団)で共有する可能性を探る、という刺激的な概念で、この家を通じた活動にリンクするものを感じています。
土曜会の機会に、現代総有研究所代表・五十嵐敬喜氏の著書『土地は誰のものか』(岩波新書)の内容を紹介しながら、問題提起・意見交換ができればと思います。

24.12.14 土曜会「Bar 土曜会」
フリーセッション
土曜会を始めたかと思ったらあっという間に12月になってしまいました。本年の締めくくりとなる今回は千駄木に佇むBar Labにて「Bar 土曜会」を開催します。本会では、皆様と共に雑談(フリーセッション)を楽しめればと考えています。「ジャズの帝王」とも称されるマイルス・デイヴィスの名言にこんな言葉があります。
「音楽は競争じゃない。協調だ。一緒に演奏して、互いに作り上げるものなんだ。」
「先に演奏するぞ、曲名はあとで教える。」
このスタイルを借りて今回のセッションも偶発性や出会いを期待しつつ色々なお話をできればと思います。お酒の力も借りつつ(笑)。ぜひ皆様ご参加いただければ幸いです。もちろん、お酒が飲めない方でも参加OKです。
お問い合わせ:Shinichi Saeki , Rie Asaji
あの頃と違った気持ちで学びに対する好奇心が突如沸き起こり、この会を発足いたしました。この気持ちは、世阿弥が語っていた3つの初心、「ぜひ初心忘るべからず」「時々の初心忘るべからず」「老後の初心忘るべからず」の"時々"にあたるものでしょうか。この機会に、みなさまと是非学びの機会を持てればと思います。
History
2023年
12/9 & 19(土・日) ディスカッショんサロン: 水曜会特別編 おもて
11/8(水) 「世界大統領 第3話 経済対策」
10/11(水) 「日本の人口逆ピラミッド問題と民主主義の覚醒」
9/13(水) 「世界大統領」
8/9(水) 『法の力について』
7/12(水) 『国家』~正義について~ プラトン (著) 第2部
6/14(水) 『国家』~正義について~ プラトン (著) 第1部
5/10(水) 芸術と政治をめぐる対話 - ミヒャエル・エンデ,ヨーゼフ・ボイス (著)
4/12(水) 白和7『詩篇 恒久平和のために - 改訂日本国憲法』をもとに その3
3/8(水) くらしのアナキズム - 松村圭一郎(著)
2/8(水) 白和7『詩篇 恒久の平和のために - 改訂日本国憲法』をもとに その2
1/11(水) 白和7『詩篇 恒久の平和のために - 改訂日本国憲法』をもとに その1
2022年
12/14(水)「ひいじいちゃんの戦争日記 ~日記から見る戦時下の暮らし~」
11/9(水) 「ホモ・デウス」ユヴァル・ノア・ハラリ(著)
10/12(水)「人間存在の現代的状況と東洋哲学」井筒俊彦 を読んで
9/14(水)「方丈記」鴨長明(著)
8/10(水)「21世紀の資本」トマ・ピケティ(著)
7/13(水)「我々みんなが科学の専門家なのか?」
6/8(水)「透明社会」B.C.ハン(著)
5/11(水)「疲労社会」B.C.ハン(著)
4/13(水)近況報告会
3/9(水)「対人援助職者におけるライフキャリアレジリエンスに関連する要因の検討」
2/9(水)「ひとりで社会にけんかを売る」
1/12(水)「カラマーゾフの兄弟」フョードル・ドストエフスキー(著)
2021年
12/8(水)「デジタルアイデンティティー」崎村夏彦(著)その1
11/10(水)与え続けたスイス人の物語ーせきじゅうじってなんだろう
10/13(水)「ルポ 雇用なしで生きる」工藤律子(著)
9/8 (水)「物理学で世界を考える」
7/14(水)「白和の夏、2021」
6/9(水) 「人権侵害」
4/14(水)「労働・仕事・活動」
3/10(水)「今求められる経済体制を考える」
2/10(水)「インターネット以降の社会変容の可能性について」
1/27(水)「自己啓発」をどう捉えるか
2020年
12/9(水)「ダイアローグ」デヴィッド・ボーム(著)
11/18(水)「茶色の朝」フランク・パブロフ(著)
10/14(水)ニュータウン・団地再生にむけた「学生の地域連携住居」一般化分析
9/9(水)「コピーライター思考」
7/8(水)「生物から見た世界 」ユクスキュル/クリサート (著),
6/10(水)「東洋的な見方」鈴木大拙 (著)
5/13(水)白和本事業レクチャー
2/12(水)「「メディア論」」マーシャル マクルーハン (著) vol. 8
2019年
12/10(水)懇親会
11/13(水)「メディア論」 - マーシャル マクルーハン (著) vol. 7
10/9(水)「メディア論」 - マーシャル マクルーハン (著) vol. 6
9/11(水)「メディア論」 - マーシャル マクルーハン (著) vol. 5
7/10(水)「メディア論」 - マーシャル マクルーハン (著) vol. 4
6/12(水)「メディア論」 - マーシャル マクルーハン (著) vol. 3
5/23(木)「メディア論」 - マーシャル マクルーハン (著) vol. 2
4/10(水)「メディア論」 - マーシャル マクルーハン (著) vol. 1